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(一社)対馬観光物産協会 〒817-0021 長崎県対馬市厳原町今屋敷672番地1 観光情報館ふれあい処つしま
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観光モデルコース

  1. 対馬の城・砲台の概要
  2. 朝鮮出兵の山城 清水山城
  3. 続日本100名城 金田城
  4. 明治期に復活した国防の中枢 城山砲台
  5. 天空の要塞 姫神山砲台
  6. 島の東西を結ぶ軍事拠点 上見坂堡塁
  7. 世界最大級の巨砲 豊砲台

世界最大級の巨砲 豊(とよ)砲台


 第一次大戦後、激しい軍拡競争による財政負担に苦しむ英米日などの主要国は、ワシントン海軍軍縮条約(1921年)を締結し、旧式戦艦および未完成艦の廃棄を決定しました。その結果、余剰となった艦砲は東京湾・対馬・壱岐・鎮海などの重要海域の要塞砲に転用されることになります。
 豊砲台には、日本海・対馬海峡・朝鮮海峡の制海権を確実なものにするため、同条約により航空母艦に改造されることになった軍艦「赤城」の40.6cm加農(キャノン)砲一基2門が移設されたと言われています。(土佐あるいは長門説もあります)。
 昭和4(1929)年5月に起工、昭和9(1934)年3月に付帯設備をふくむすべての工事が完了し、砲身長18.5m、砲身重量108トン、実用射程距離は30.3kmという、世界最大級の巨砲が出現しました。
 第2次世界大戦終結後の昭和20年10月、米軍の爆破班により武装解除されましたが、鉄筋コンクリートの厚みは2m(砲塔部は3m)にもおよんで完全には爆破・解体できず、当時の姿をいまに留めています。巨大な砲身は解体されて八幡製鉄所で溶かされ、戦後復興の資材になったとされています。
 ※砲台入口前に乗用車数台が駐車できます。砲台入口に、無料で利用できる照明スイッチがあります。
 ※16インチ=40.6cm。のちの戦艦大和に搭載された主砲は18インチ=46cm。
砲台名豊砲台(とよほうだい)
所在地長崎県対馬市上対馬町鰐浦 >>観光情報館ふれあい処つしま~豊砲台(Googleマップ)
築造昭和4(1929)年5月~昭和9(1934)年3月
築造者大日本帝国陸軍
史跡-

対馬砲台あるき砲台~対馬要塞まるわかりガイドブック~

 「対馬砲台あるき砲台~対馬要塞まるわかりガイドブック~」をダウンロードできます。
 >>A5サイズ32ページ一括ダウンロード(3.8MB)

動画 豊砲台

※画像をクリックすると、豊砲台の映像(17:05~)が流れます。

コース所要時間

観光情報館ふれあい処つしま((一社)対馬観光物産協会)
↓ 車で1時間45分(81km)
豊砲台(対馬市上対馬町鰐浦)
↓ 車で1時間45分(81km)
観光情報館ふれあい処つしま((一社)対馬観光物産協会)
※上記所要時間は、休憩・見学をのぞく移動時間です。見学時間を適宜追加してください。
※対馬北部の比田勝港からは7.6km、車で10分です。
※(一社)対馬観光物産協会は、長崎県対馬市厳原町今屋敷672番地1 観光情報館ふれあい処つしま にあり、厳原港から車で3分、対馬空港からは車で20分です。

コース紹介

観光情報館ふれあい処つしま((一社)対馬観光物産協会)
 観光情報の提供、パンフレットの請求はこちらまで。
【所在地】 〒817-0021
長崎県対馬市厳原町今屋敷672番地1
観光情報館ふれあい処つしま
【電話】 0920-52-1566
【アクセス】 厳原港から車で3分(徒歩10分)、対馬空港から車で20分。

豊砲台へ
 国道382号線をひたすら北上し、対馬市上対馬町大浦で左折して県道182号線に入ります。(国道に「韓国展望所4.8km」の緑色の大きな誘導板があります)
 上対馬町鰐浦集落内のトンネルを抜け、少し直進し、左の写真の誘導板(反対側から撮影しています)に従って左折します。

豊砲台へ
 細い海沿いの道を300mほど進むと、「豊砲台跡0.8km」の案内板が見えてきます。

豊砲台入口
 敵の飛行機から発見されないよう、入口周辺には迷彩塗装が施され、巨大で複雑な内部構造を想像できない地味さです。
 砲台の入口前には乗用車が数台駐車できます。説明板があり、左上に照明スイッチ(無料)があります。

説明板
 砲台の概要、当時の写真、構造のイラストなどが記されています。

砲台内見取図
 入口右の説明板に、砲台内の見取図が記されています。

内部構造(付属室)
 鉄筋コンクリートの強固な造りですが、米軍による爆破の跡が残されています。

内部構造(工作室前から出口方向)
 右手にろ過水槽が見えています。

内部構造(砲動力機室)
 巨大な砲身を動かす水圧蓄力機が設置されていました。
 昭和の砲台は近代的で、レンガや石材で構築された明治期の砲台とはまったく雰囲気が異なります。

内部構造(砲塔部)
 かつて108トンの巨砲が据えつけられていた砲塔部です。

砲塔部を見下ろす
 砲台入口の右手に階段があり、砲台の上に登ることができます。

砲塔部から見上げた空
 対馬の明治期の砲台(城山砲台、姫神山砲台など)は、島の中央に広がる浅茅湾の防備のために建造されましたが、昭和期の砲台は南北の海峡封鎖を目的としており、豊砲台はその代表格です。
 日本海への敵艦の侵入を防ぐなど一定の抑止力を発揮したものの、実戦では一度も発射されることなく終戦を迎えました。

韓国展望所から見た韓国釜山のビル群
 国境の島・対馬は、7世紀の白村江の戦い、13世紀の元寇、16世紀末の文禄慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)、20世紀の日露戦争・第2次世界大戦など、つねに国家間の緊張関係の影響を受けてきました。
 兵器の破壊力が飛躍的に伸びた現代、ささいな紛争が国全体の滅亡につながるおそれがあります。対馬の城や砲台が語る攻防の歴史を知り、外国とどうつきあっていくのか、学ぶべき時なのかもしれません。

 >>韓国展望所(Googleマップ、豊砲台から約2km)

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