2009-09-10 13:06:07 (364 days ago)
平成21年9月1日(火)~3日(木)にかけて、旅行会社を対象とした壱岐・対馬のモニターツアー(長崎県観光連盟主催)が開催され、対馬の案内・意見交換会の設定などの受入を行いました。
旅行会社は、旅行商品を企画し、チラシやインターネットなどでお客様を募り、ツアーを実行しますが、企画の前に必要なのが現地視察。観光地・飲食店・宿泊施設・お土産品店などの生の情報を仕入れ、旅行商品に反映させます。
今回のモニターツアーには、東京・大阪・名護屋などの大都市圏から14名の旅行会社のエージェントが参加し、対馬の視察を行いました。
初日、9月1日(火)は、城下町散策(まちあるき)+烏帽子岳までのバスツアー+船による浅茅湾遊覧。

「対馬観光ガイドの会やんこも」の藤井さんが対馬の歴史をわかりやすく紹介しました。

烏帽子岳は人気の定番観光地。

遊覧船から万関橋を見上げます。万関瀬戸は「坂の上の雲」(司馬遼太郎)の時代(日露戦争前)に海軍が掘り切った人口の運河。日露戦争の海戦では、海軍の基地があった竹敷を出撃した水雷艇が、バルチック艦隊に止めを刺すために出撃しています。
この後、地元の観光事業者などとの意見交換会を行いました。翌日は、シーカヤック、トレッキングなどのエコツアーと、対馬南西部の農村文化に触れるコースを巡りました。

美津島町箕形(みかた)は、国指定特別史跡「金田城跡」のふもとにある集落。7世紀に防人が築いた朝鮮式山城のトレッキングと、波穏やかな浅茅湾でのシーカヤックツアーを楽しむことができます。
天台宗の開祖・最澄が漂着した厳原町阿連(いづはらまちあれ)では、オヒデリさまという伝承を紹介しました。

阿連・雷命神社。写真のとおり、国境の島・対馬の神社では、戦勝祈願の砲弾などをよく見かけます。
オヒデリさまの伝承の概要は以下の通り。
日本の神様は、旧暦の10月に出雲に集まり、1年の出来事について協議(一説には縁結びの相談)をすると言われています。そのため、出雲以外の地域には神様が不在になり、旧暦10月は「神無月」(かんなづき)と呼ばれます。
阿連の土地神・雷命(いかづちのみこと、らいめい)も出雲に旅立ち、不在になった阿連の集落に、山の神「オヒデリ」が降りてきて里を守ってくれます。
1ヵ月後、雷命が里に戻ると、オヒデリは1週間ほど滞在した後、山に戻りますが、このときオヒデリは懐妊しているといわれます。
雷命は、竜神=水神=男神であり、里に雨(時には洪水)をもたらす存在。
オヒデリは、お日照=太陽神=女神であり、里に日光(時には旱魃)をもたらす存在。
この2つの神がバランスよく里を守り、神婚を通して太陽と雨が結びつき、里に豊穣をもたらす、という古い神話世界が、今も阿連には生きています。

オヒデリを山からお迎えし、また山にお送りする神事が、今も阿連の皆さんによって大切に受け継がれています。

日本では対馬でのみ見られる石屋根倉庫が残る厳原町椎根(いづはらまちしいね)。石屋根倉庫は、衣類や穀物、寝具などの貴重品を保管する倉庫で、集落の外れにまとめて建てられています。日常的に火を使う母屋は火事になりやすいのですが、火にも風にも強い石屋根倉庫で貴重品を保管しておけば、生活を再建することができます。

地元のおばあちゃんのお話を聞くことができました。
昼食は対馬の特産品のひとつ、対州そば。
対馬は岩がちで耕地が少ないため、昔から山の斜面などを利用して木庭作(粗放的な焼畑)が行われていました。そば畑の周辺では昆虫や鳥類などの小動物が増え、それがツシマヤマネコなどの食料になっていたと考えられています。
こうして1泊2日のモニターツアーは終わり、参加者の皆様は厳原港からお隣の島・壱岐へ出発しました。
参加者の皆様、関係者・ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
旅行会社は、旅行商品を企画し、チラシやインターネットなどでお客様を募り、ツアーを実行しますが、企画の前に必要なのが現地視察。観光地・飲食店・宿泊施設・お土産品店などの生の情報を仕入れ、旅行商品に反映させます。
今回のモニターツアーには、東京・大阪・名護屋などの大都市圏から14名の旅行会社のエージェントが参加し、対馬の視察を行いました。
初日、9月1日(火)は、城下町散策(まちあるき)+烏帽子岳までのバスツアー+船による浅茅湾遊覧。

「対馬観光ガイドの会やんこも」の藤井さんが対馬の歴史をわかりやすく紹介しました。

烏帽子岳は人気の定番観光地。

遊覧船から万関橋を見上げます。万関瀬戸は「坂の上の雲」(司馬遼太郎)の時代(日露戦争前)に海軍が掘り切った人口の運河。日露戦争の海戦では、海軍の基地があった竹敷を出撃した水雷艇が、バルチック艦隊に止めを刺すために出撃しています。
この後、地元の観光事業者などとの意見交換会を行いました。翌日は、シーカヤック、トレッキングなどのエコツアーと、対馬南西部の農村文化に触れるコースを巡りました。

美津島町箕形(みかた)は、国指定特別史跡「金田城跡」のふもとにある集落。7世紀に防人が築いた朝鮮式山城のトレッキングと、波穏やかな浅茅湾でのシーカヤックツアーを楽しむことができます。
天台宗の開祖・最澄が漂着した厳原町阿連(いづはらまちあれ)では、オヒデリさまという伝承を紹介しました。

阿連・雷命神社。写真のとおり、国境の島・対馬の神社では、戦勝祈願の砲弾などをよく見かけます。
オヒデリさまの伝承の概要は以下の通り。
日本の神様は、旧暦の10月に出雲に集まり、1年の出来事について協議(一説には縁結びの相談)をすると言われています。そのため、出雲以外の地域には神様が不在になり、旧暦10月は「神無月」(かんなづき)と呼ばれます。
阿連の土地神・雷命(いかづちのみこと、らいめい)も出雲に旅立ち、不在になった阿連の集落に、山の神「オヒデリ」が降りてきて里を守ってくれます。
1ヵ月後、雷命が里に戻ると、オヒデリは1週間ほど滞在した後、山に戻りますが、このときオヒデリは懐妊しているといわれます。
雷命は、竜神=水神=男神であり、里に雨(時には洪水)をもたらす存在。
オヒデリは、お日照=太陽神=女神であり、里に日光(時には旱魃)をもたらす存在。
この2つの神がバランスよく里を守り、神婚を通して太陽と雨が結びつき、里に豊穣をもたらす、という古い神話世界が、今も阿連には生きています。

オヒデリを山からお迎えし、また山にお送りする神事が、今も阿連の皆さんによって大切に受け継がれています。

日本では対馬でのみ見られる石屋根倉庫が残る厳原町椎根(いづはらまちしいね)。石屋根倉庫は、衣類や穀物、寝具などの貴重品を保管する倉庫で、集落の外れにまとめて建てられています。日常的に火を使う母屋は火事になりやすいのですが、火にも風にも強い石屋根倉庫で貴重品を保管しておけば、生活を再建することができます。

地元のおばあちゃんのお話を聞くことができました。
昼食は対馬の特産品のひとつ、対州そば。
対馬は岩がちで耕地が少ないため、昔から山の斜面などを利用して木庭作(粗放的な焼畑)が行われていました。そば畑の周辺では昆虫や鳥類などの小動物が増え、それがツシマヤマネコなどの食料になっていたと考えられています。
こうして1泊2日のモニターツアーは終わり、参加者の皆様は厳原港からお隣の島・壱岐へ出発しました。
参加者の皆様、関係者・ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
























